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よこはま発見伝

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『よこはま発見伝』とは、独自の見識に基づいて収集した学識や素養の総称である。 その多くは生きていく上において取り立てて何の役にも立たないが、一服の清涼剤のように日常会話のウィットとして、間の持たない営業トークの箸休めとして、一役買ってくれるだろう。つまり、楽しみ方は人それぞれというわけである。

横浜発祥のアイスクリームは「アイスクリン」。

アメリカに次ぎ世界第2位のアイスクリーム消費国である日本。1869年に町田房蔵が、横浜馬車道において日本で最初のアイスクリーム『あいすくりん』の製造販売を始めた。当時、買っていくのはもっぱら外国人ばかり。現在、アイスクリーム発祥記念として、ミルクから連想した「太陽の母子像」が馬車道に佇んでいる。

参考:横浜アイスクリーム物語ホームページ

よこはま動物園ズーラシアには動物の楽団がいる。

1999年開演して以来、希少動物を数多く取り揃えるよこはま動物園ズーラシア。子ども達に音楽の素晴らしさ知ってもらうため、オカピの指揮者をはじめインドライオンのトランペットなど動物たちが「ズーラシアンブラス」として、園内で定期的に演奏会を行っている。CDも出しており、その実力はお墨付きだ。

参考:ズーラシアホームページ

鶴見川の河川敷には、直射日光にあたるとすぐ死ぬ虫がいる。

鶴見川中流域に生息するヨコハマナガゴミムシ(学名Pterostichusyokohamae)。体長約2cm、黒色の体で、この地にしか生息せず、草が茂る泥湿地を好む。乾燥にきわめて弱いため、直射日光にあたるとすぐに死んでしまう。名前を聞くと敬遠するだろうが、河川や道路の工事などにより減少してしまい、現在では絶滅危惧I類に指定されているとても貴重な昆虫だ。 参考:環境省自

参考:環境省自然環境局生物多様性センターのホームページ

国道15号には、渡る途中に信号の押しボタンがついた横断歩道がある。

神奈川警察署の近くにある「滝の橋」信号機。幅約30mの横断歩道の真ん中に、ぽつんと信号機の押しボタンが設置されているのだ。平日は、昼食タイムになったサラリーマンやOLが渡るだけで、あまり歩行人数はいない。おそらく、時折通る、一気に横断歩道を渡れない人のために設置されているのだろう。横浜の歩道はやさしい心を持っている。

日本初の野球国際試合で、日本が素手で勝った。

1896年5月23日、旧制第一高等学校(現東大教育学部)と横浜に住む外国人が設立したYCACが、日本で初の国際公式試合を行った。現在、横浜スタジアムのある横浜公園で行われたこの試合は、巨漢ぞろいのYCACのメンバーに29対4で日本チームが大勝した。その時の一高のスタイルは、素足でキャッチャー以外の選手は素手だったといわれている。

参考:横浜・上撰の旅(昭文社)

ランドマークプラザの壁にはアンモナイトの化石が埋まっている。

1993年7月に開業した横浜ランドマーク。そのランドマークプラザの壁や床には石灰岩が使用されている。その石灰岩には、古代の巻貝やサンゴの化石が多く含まれており、たくさんのアンモナイトを見つけることができる。アンモナイトは比較的大きいので、探しやすい。あなたも、化石探検に行って、隠れ化石を見つけてみては。

参考:横浜みなとみらい21公式ウェブサイト

※上の画像はイメージです。

横浜市歌の作詞をしたのは森鴎外である。

横浜市歌は1909年7月1日の横浜開港五十年祝賀会で、小学生の大合唱によって初めて歌われた。この歌の作詞を担当したのが森鴎外だった。それ以来、この市歌は100年たった今でも横浜市民に愛唱されている。ちなみに、横浜市のホームページ内にある横浜市歌のページで、実際に聞くことができる。

参考:横浜市ホームページ

横浜市には女学生の乗降数が日本一多い駅がある。

元町・山手・山下公園への窓口として利用される横浜市中区にある石川町駅。駅周辺には、横浜スタジアムがあるが、その他に5つもの女学校がある。そのため、午前7時から8時の通学時間には駅が女学生で溢れかえる姿が見られる。石川町駅は日本で一番、女学生の乗降数が多い駅だといわれている。

参考:地球の歩き方BOOKS入門おとなの横浜ドリル(ダイヤモンド社)

「ハマの番長」三浦大輔の実家は花屋。

数々の輝かしい成績を残す横浜のエース三浦大輔投手。彼の実家は花屋さん。そこで働いていたとき、配達で阪神監督の岡田邸を訪れたこともあるという。地元でずば抜けた才能を持っていた三浦少年を同監督は評価しており、ドラフトで指名しなかった阪神球団に対して激怒したというエピソードも。

参考:ウィキペディア

※上の画像はイメージです。

チャップリンが氷川丸に乗船したのは天ぷら目当て。

日本橋の「花長」で大好物の海老の天ぷらを36尾も食べたことから、「天ぷら男」の異名を持つ喜劇王チャーリーチャップリン。日本を離れる際、どの船に乗るかで、誘致活動が始まり、チャップリンの天ぷら好きを知った氷川丸関係者が船のコックを「花長」まで勉強にいかせ成功した。

参考:ウィキペディア

※上の画像はイメージです。